IMFの円安容認に危機感を持て
「IMF、円安を容認」の見出しが、私の目に飛び込んできた。そこには、「国際通貨基金(IMF)の杉崎副専務理事が為替水準について、最近の円安は日本経済の弱さを反映した妥当なもので、IMFが現在の円安傾向を事実上容認している」と報じていた。また、「邦銀の不良債権問題は国際的で厳格な基準で規模を把握することが第一で、必要なら、公的資金による資本の再注入も排除すべきでない」と強調したことも掲載されていた。
こうした発言が、IMFをはじめ、国際的な見方として、日本の不良債権問題が今発表されている規模ではなく、隠された部分がまだまだあるのではないのかという懸念から生まれたものであることは言うまでもない。それをなぜか好意的に捉え、ほっと胸を撫で下ろした観が日本側にあると感じたのは私だけだろうか。円安容認を手放しで喜んで良いとは私には到底思えない。
現在の日本に漂う閉塞感は10年に亘って続いている資産デフレ、すなわち地価の下落にあり、これに歯止めを掛けない政策不況であると、このエッセイで何度も主張してきたが、まだ不動産の取得と保有と譲渡にかかる減税を充分に行わずに放置し続けた結果の資産デフレ不況が原因であることは言うまでもない。
今回のIMFの発言は、日本の不良債権問題は想像以上に深刻であり、ゆえに円安容認も仕方がないというものであるにも拘わらず、日本側の安堵感は一体なんたる危機感の欠如であろうか。円安とは早い話がドル換算ベースで日本の資産価値が下落すること。同時に日本の所得水準が下がることを意味している。本来円高こそ、日本の国力の象徴であって、円安は国際的に資産と所得を減らすものであることを、この際しっかり認識すべきであろう。
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