藤 誠志エッセイ
時代に逆行する買収劇


政府公認の麻薬取引(たばこ)で暴利を稼いだJTの冒険
 先日、ロサンゼルス、ラスベガスとメキシコのリゾート地でマヤ文明の遺跡で有名なユカタン半島にあるカンクンへ視察とCF撮影を兼ねての旅行から帰国した翌日(3月10日)、主要新聞の第一面に一瞬目を疑うようなニュースが踊った。それは、日本たばこ産業(JT)が、世界第3位の米国たばこ・食品会社RJRナビスコ社の海外たばこ部門を、78億3000万ドル(約9500億円)を投じて買収するというものだ。
 日本たばこ産業は旧日本専売公社。1985年に民営化されて、まだ十数年しか経たない会社であるが、昨年度の売上高が2兆6000億円。毎年、1000億円以上の経常利益を生み出し、一見すれば超優良の代表格ともいえる企業である。しかも、ここ数年間で、約1000億円もの投資をして、国内企業を買収し、清涼飲料、食品、医薬、バイオの分野に進出して、多角化を図ってきた企業である。
 それが、脱たばこ化の方向ではなく、たばこ産業に回帰するという突然の方向転換であるとともに、その多額の買収資金のほとんどを自己資金で賄うということには本当にびっくりした。たばこの販売は、政府公認の麻薬取引と言ってもよくこの買収はいかにたばこは利益が大きいかの証でもある。
 しかし、マスコミはそれをトップ記事としてもてはやし、日本企業としては過去最大の買収額であると報ずるばかりである。
 アメリカではたばこの広告はほとんどの媒体から締め出されているにもかかわらず、日本ではほとんど野放しで広告収入が多いため、広告媒体はJTを批判するのはタブーになっている。
 ナビスコ社の海外たばこ事業部の年間売上が3500億円に過ぎないのに、9500億円の買収価格はいかにも高いと思う。
 JTは暴利により莫大な手元流動資金をため込んでいたからこそ、大胆な企業買収を決断できたわけで、この時期、1兆円に近い今回の買収金額を現金で賄うということはとてもほかの企業では想像も出来ない。
 私は世界第3位のたばこ産業であるナビスコ社でさえ、数々のたばこ訴訟での敗訴でたばこ産業の将来に嫌気がして放したがっている疫病神を、JTが大金を払ってつかまされたのではないかと危惧するもので、むしろこんなときこそ余りある資金を日本の銀行株にでも投資すれば少しは貸し渋りの解消につながり、日本の景気回復に貢献できるのにと思う。
 買収の相手であるRJRナビスコ社は、今回の海外事業の売却代金を手切金に米国内のたばこ事業に見切りをつけ撤退を図るようだ。つまり、売却側はたばこ事業を処分したくてしかたなかったのに対して、JTは世界の人々の健康を害するとともに、投資に見合うだけの収益が期待できないどころか、今後のたばこ訴訟の賠償の肩代わりを迫られる可能性が強いにもかかわらず、投資を強行したのである。このJTのたばこ回帰路線が吉と出るか凶と出るかは、米国社会の現在の嫌煙運動の実態を見れば明らかである。

たばこの害を真剣に訴える米国社会に逆行する日本
 目下、米国は嫌煙運動がすごい勢いで社会に浸透している。たばこの吸えるレストランはほとんどなく、たばこの健康被害に関わる訴訟ではたばこ会社が相次いで敗北。天文学的な賠償金の支払いで経営そのものが逼迫しているのが現状だ。米国から世界に、そして日本へと嫌煙運動が広がっていくことは容易に予測できる。そうした世界の、また時代の流れに逆行するかのように、本来“脱たばこ化”を図るべきJTがたばこ産業に回帰し、世界戦略に賭けるとは、どうした発想なのだろうか。他社が処分したがっている事業部門を、民営化を果たしたとはいえ、まだ国が3分の2以上の株式を保有しているにもかかわらず、旧国鉄の救済に何の関係もない、たばこ1本につき1円の負担をかけたとはいえ、何のおとがめもなく国民の支持も得られそうにない買収を、国会での審議にも諮らず年間利益の十倍もの資金を投じてその事業部門の売上の3倍もの現金を投じて買い上げるという暴挙はとても理解し難い。
 前述の通り、私は今回の旅行のロスまでの往復を、私の好きな関空を深夜の12時過ぎに出発して夕方にロスに着き帰りは午後4時にロスを出て夜の11時に関空に着く、時差ボケの少ないタイ航空のファーストクラスを使った。ファーストクラスにおいても、今や十二時間にも及ぶ機内での全てが禁煙である。いずれ、航空会社のすべて、さらにレストラン、公共の場のすべてが禁煙になることは必至であり、たばこは百害あっても一利もなく国が認可する麻薬と言われても仕方がない。アメリカでは人によってはマリファナよりも健康に悪いと言っている代物である。かといって、禁止してしまうのは返ってマイナスになろう。1920年代の米国の禁酒法時代のむやみな酒販売の禁止がギャングの暗躍を許し、マフィアに膨大な利益をもたらしたことがそのことを物語っている。
 米国では、「たばこはあなたの健康に害があります」とたばこに表示を義務づけられているが、日本では、「あなたの健康を損なうおそれがありますので、吸いすぎに注意しましょう」との表示にとどまっている。この差はどこから来るのか。それは、政府はたばこの税金に期待するがゆえであり、マスコミは大事なお得意様であるがゆえにこのような報道しかできないということに気付かされる。私もかつては十代の後半から一日に二十本前後のたばこを長年たしなんでいたが、たばこが健康に害があるとの報道が始まり低ニコチンのたばこが発売される度に本数が増えはじめて、とうとう一日に四箱八十本ものヘビースモーカーとなった。これは習慣性を帯びた人の一日のニコチン摂取量を満たすために低ニコチンのたばこに替えるに従って体が必要量分の本数を求めることに気付き、十数年前の正月を機に「もう人の一生分を吸い終わったかな」という気にもなり、一気にやめてしまった。近年、世界的に先進国の富裕層や高学歴男子の消費量が落ち込む中、「スリム化とファッション性を求めて」若い女性に喫煙者が広がってきていることに警鐘を打ち鳴らさなければいけない。
 禁煙運動が世界の主流となってきている中、国家が大半の株式を保有する企業が他国のたばこ産業を買収して喫煙の害を世界にばらまくとともに、女性や少年の健康を害するたばこの広告に規制が甘い日本は、世界の恥ではないかと思う。

3流国家に成り下がらぬように、きちんとした政治体制の確立を
 今回の視察・撮影旅行ではカンクンやロサンゼルスなどを回ったが、久し振りにラスベガスにも立ち寄った。ラスベガスを見れば、米国の景気が分かると言われるが、数々のコンベンションが開催され、ホテルが次々とオープンし、そのホテルはほとんどが満室であった。私は新しく誕生した3000室を超える客室を擁するホテル「ベラージュ」に視察を兼ねて宿泊したのだが、ロサンゼルスに住む友人夫妻を誘って車でラスベガスまで走って同じフロアーで部屋をとろうとしたが、満室で別のフロアーしか取れなかった。それほど、多くの人々がこの時期ラスベガスを訪れているということである。この好況感はメキシコのユカタン半島にあるリゾート地にも反映されていた。二十数年前に最初に訪れた時は、観光客も少なくほとんどアメリカ人で一人の日本人にも出会うことがなく、自然と海の美しい場所でまだホテルはまばらであった、十数年前に2度目に訪れた時はかなり開発はされていたものの、インフラ整備がまだ不十分だった。それが今回訪れて驚いた。インフラが完備され、すごいホテルが建ち並び、見違えるような変貌を遂げてアメリカの観光客があふれかえって、今の米国の経済の好調さが至る所に見られた。
 株価が最高値を更新している米国、統一通貨ユーロの力を見せ付けるヨーロッパに比べて、わが日本は、不良債権処理の遅れで金融システムが揺らぎ、貸し渋りが横行しスパイラルに資産デフレが進行する中、不況からなかなか脱しきれないでいる。
 今何が一番必要かと言えば、それはしっかりとした政策を実行に移せる政治体制の確立である。東京都知事選挙に私の予想通り石原慎太郎氏が出馬することとなった。石原氏の圧勝により地方分権と小さな政府の実現を図り、日本の現在の閉塞状態に終止符を打ち、既存体制打破の一大起爆剤となって欲しいものだ。
 日本の優良不動産や優良企業が外国に買収されている一方で、国際常識を逸脱したとしか思えないJTの今回の買収劇がまかり通った。
 いつまでも政・官・業癒着の冷戦構造にしがみついていると、日本は21世紀には三流国に成り下がってしまう。大幅減税と規制緩和により本当の資本主義市場経済社会に改革するとともに、地球環境に配慮し一歩先を見越した政策、企業経営、生き方をすべきである。
今は、冷戦終焉による軍事技術の民需転換によるハイテクインターネット革命とも言うべき技術革新と、資産デフレによる株安・土地安・金利安でまさに、明治維新、昭和の敗戦の後の飛躍的な経済躍進に匹敵する、千載一遇のチャンスである。
 一日も早く米国の株のバブルがはじける前に、土地の譲渡と取得・保有にかかる税の大幅減税によって地価の安定を図り、金融システムを再構築して、世界経済回復の担い手になるべきだ。