藤 誠志エッセイ
新総裁は恒久減税で景気回復を


自民大敗は自社さ政権にノー
 先日、参議院選挙が行われ、自由民主党が思わぬ大敗を喫した。世論調査では現有議席程度は取れるだろうという予測もあり、自民党の選挙対策本部は現状維持を目論んでいたようだが、まさかの大敗に、一番驚いたのは橋本総理自身だったに違いない。
 私はすでに1年ほど前から、経済界全般の意見として、総理を変えたいが代わりがいないという嘆きを聞かされてきた。先々月号で『自民党は橋本連立政権を退陣させ、魅力あふれる総裁のもと、思い切って衆参ダブル選挙を行えば、自民党は過半数をとれる。選挙により、小さな政府を目指した、強い政治基盤を擁する安定した単独政権の登場を期待したい。』と述べたように、今回の大敗はまさに政策不況の元凶ともいえる橋本政権を変えずに選挙をした結果である。橋本総理も、補欠選挙の連戦連勝で参議院選挙もその延長線上にあると楽観視し、大勝とはいかずとも“中ぐらいの勝利”は収めることができると甘い思惑でいたことが、大誤算を招いたと思われる。

バブル潰し後遺症が不況の原因
 資産の高騰をバブルと見て故意にこれを潰そうとした結果、今日の不況は始まった。当時、資産インフレを見過ごした政策当局が、ヒステリックに地価の上昇を非難するマスコミ世論に同調して慌てて「これはバブルだ」としてバブル潰しを急いだ。“上がった地価がバブルであれば、これを元の値段に下げれば、それで一件落着するだろう”という単純で安易な発想で導入した諸施策が、ことごとく裏目に出て、大変な資産デフレとなったわけだが、一つ一つの実際の商いの中で決まった土地の価格を無理やりに下げれば、必ず歪みやリアクションが起こるのは当然といえよう。法律に基づかない不動産融資総量規制の発動や公定歩合の棒上げと、マスコミが一体となっての魔女狩り的な政・官・マスコミによるバブル潰しの合唱の責任は大きい。
 その急ぎ過ぎたバブル潰しの反省なくして、景気回復の道を模索するのは難しい。地価と株価の安定した上昇こそが景気回復の起爆剤であることを今や理解すべきときである。
 橋本政権のここのところの政策は支離滅裂で、消費税率のアップ、医療費の負担増、特別減税の廃止などのデフレ政策と、まだまだバブルの傷の癒えていない金融界にビッグバンを迫り、外為法の改正や早期是正措置などにより不良債権の償却を急がせ、それが強烈な貸し渋りを発生させ、不況が深刻化し、景気はさらに悪化、失速したと言えよう。
 政策不況を拡大させた橋本総理では、これからの日本の舵取りは任せられないと分かっていながら、代わるべき適任者が不在のため、今日まで存命させてしまった。野党第1党である新進党が空中分解し、ライバルがいなくなったことも幸いし、衆議院議員の数が、新進党からの出戻りや補欠選挙の勝利などで増え、過半数を超えたことも自民党人気が回復したという錯覚に陥ったのだろうが、事態はそんなに甘くはなかった。今回の選挙の内容を見ると、大都市部では全滅で、比例区でも自民党支持者の票がかなり他党に流れたことが敗因と分かる。国民の意識は一目瞭然で、「参議院選挙で自民党を勝たせば、橋本政権はまだ続く」ということに明確に拒否の意思表示をしたにほかならない。


茶番の総裁候補選び
 東西冷戦の終焉に伴うこの10年近い政界のゴタゴタは全て竹下派に起因すると言ってもよいことばかり。次期総裁も竹下元総理の後ろ盾で小淵氏と決まっていたが、参院選投票開始早々の出口調査で、はや敗北を予測した自民党は橋本総理の退陣を決定。後継総裁に決めていた小淵氏をそのまま話し合いで決めたらマスコミが怖いとばかり、デキレースで総裁選挙に臨み、すったもんだの末、3人の候補の名前が挙がった。小渕氏、梶山氏、小泉氏の3氏だが、日本の総理として外国に対して自信を以て紹介できるのは誰かと問われれば、どの候補も今イチというのが正直なところだ。小渕氏は調整タイプの2代目で、田中角栄氏の下の鈴木善幸氏のように竹下元総理の傀儡として永田町の論理ではおそらく第1回投票で過半数を獲得するであろうが、自社さ橋本亜流政権では、1年そこそこで政権を投げ出しそうだし、梶山氏はマスコミによれば、経済通ということであるが、何が経済通たる所以かが判然とせず、もともと国民のガス抜きのための候補で総理になる気もなくなれる器でもない。また、小泉氏は一般受けのするパフォーマンスや、郵政事業の民営化で国民にアピールしたものの、リーダーとしてのキャリアや実力のほどはまったく未知数の3代目で、単に梶山潰しと三塚派の股裂き防止のための出馬としか言えない。私が総裁選に望むことは、一国の総理・総裁として、世界で起こっている全ての問題に精通していることはもちろん、確固とした歴史観と世界観を持ち「経済政策、外交政策など、すべてのことについて自分の意見をきちんと主張できる人」、そして「国際社会に出ていって、日本の国益を主張できる人」を選んでほしいということである。
 今、世界は、米国の株のバブルが崩壊したらどうなるのだろうかということを注視している。日本の金融政策の誤りが世界大恐慌の引き金となるのではなかろうかと、市場は非常に神経質になり、日本の総裁選挙をじっと見守っている状況だ。前述したように総裁選は小渕氏に決まるだろうが、この政権は解散もできず、参議院では過半数には遠く、任期は橋本総理の残りの来年9月迄と大変な制約の中で、マスコミによる最低の評価から出発するわけで、これ以上評価が下がるということがない故、思い切ってやるべきだ。本人が調整型といっているように、閣僚には民間から能力のある人を登用して内閣を作るなどして金融システムの再構築を図り、景気回復の筋道を最初の百日で示すことだ。
 今、アメリカが日本の金融政策について、箸の上げ下げにまでもとやかく言うのは日本に対する親切ではなく、日本の金融システムの崩壊はアメリカを直撃し、ひいては世界大恐慌の引き金を引くことになることを危惧しているからである。本来、こうした国家危機存亡の折に、竹下元総理の影響下で茶番劇で総裁を選び出さなければならない自民党の体質も情けないが、さらに情けないのは、国会では官僚の原稿を棒読みし、総裁選びは政策ではなく、ひがみとやっかみの気持ちに自分の議席の維持とポストの期待で派閥の論理で考え、マスコミの質問には失言しないように気を遣うだけの最近の政治家達である。
 日本人には「沈黙は金」という格言もあるが、政治家は人前で理路整然と自らの意見を主張することは最も重要なことであり、今、一国のリーダーに一番求められるものは、“時局を打開する意見をきちんと主張できる”タフネゴシエーターであることは言うまでもない。

日本の将来を託すリーダーの条件
 マスコミは新聞、テレビ、雑誌などで3候補の総理としての資質を報じているが、小淵氏の法人税40%、個人所得税50%以下にし6兆円超の恒久減税をするという公約は分かりやすいが、その他の候補の公約やそのスケジュールがまったく見えてこない。同じ議会制民主主義で首相制の英国において、若いブレア首相が、労働党の政策をかなぐり捨てて、サッチャーイズムともよばれる保守党の政策を取り込むことにより、明確に国民に党の政策を示すことで政権を奪取した。こうした革新的な体質改善や明確な主張のない日本の総裁選は、同じ議会制民主主義を掲げる国として恥ずかしい限りである。
 アメリカの大学卒の最も優秀な人は、起業家(アントロプレーナー)を目指し、その次の人が政治家、官僚、一流企業を目指すというが、日本での政治家は二世か三世、政治家秘書か官僚、労組出身者か評論家、タレントなど、いずれも自らの額に汗して稼いだ成功者はほとんどいない。国益とか、国家百年とか、そういう観点に立脚すれば、果たしてこんな選出方法でいいのかと、私にはまるで4コマ漫画を見ているような茶番劇に総裁選挙が見えてしまう。これまで、党全体の意見をまとめ上げ、これからの日本がどうあるべきかという明確な理念を掲げて、内閣総理大臣になった人間は何人いただろうか。思ってもみなかった人が、たまたま巡り合わせでなってしまった。そんな人間が総理大臣となり、結局、官僚の言うままで何もできずに辞めていった例は枚挙に暇がない。
 政治家は世界の現実をもっと知るべきである。東西冷戦下では今までの総理の選び方でもよかったかもしれない。しかし、米国の庇護の下、漁夫の利を得ていた時代が去り、厳しい環境下に置かれる日本の将来を託す総理には、これまでは期待されなかった“識見、決断力、行動力”のすべてが必要である。そのすべてを兼ね備えた総理が、果たして3候補の中にいるのだろうか。新しい時代を先駆ける、新しい世界観を有する、新しいタイプのリーダーを育てるためには、否応なくやって来る真の市場経済社会を迎え撃つべく40年体制を打破し、教育改革を図り、正邪真贋を議論で見つけだせ、歴史観と世界観をそれぞれが持てる教育を施し、大幅減税と税の簡素化、大幅行政改革、大幅な規制緩和に大胆に取り組み、悪平等社会を打破しなければならない。今や冷戦戦勝国米英(アングロサクソン)は、東西冷戦下ぬくぬくと稼いだ1200兆円とも言われる日本の金融資産を、金融ビッグバンの名のもと、英語圏で教育を受けた法律家で数学者しか理解できない、一般の人にはハイリスク、ローリターンにしかならないデリバティブとかいう合法的な詐欺的商品で、ヤクルトからまきあげたようにまきあげようとしている。金融ビッグバンが日本版ウィンブルドン現象と呼ばれるようにならないために、日本の英知を結集してこの戦後最大の危機に対応すべきである。