藤 誠志エッセイ
日本人は裸の王様


全産業最終損益赤字
 企業の1998年3月期決算の発表が、ピーク日の定番である「5月の第4金曜日」に、東京証券取引所の上場企業だけで過去最多の298社にのぼった。このように決算が1日に集中した背景には、国内景気の低迷やアジア経済混乱などに不良債権処理など多額の損失を計上する企業が相次ぎ、決算内容に自信が持てない企業が、同日発表によって少しでも自社の決算内容の悪さを他社の悪さに混ぎれ込ませようとする思いがあるようだ。
 それを証明するかのように、今期の企業の決算は近年の中でもとくにひどい。大手都市銀行、大手ゼネコンをはじめ、一般に優良企業と目されている企業の多くが業績不振で、全産業の最終損益が赤字というのは、まさに異常事態である。
 しかし、マスコミはこうした現象面だけをとらえ、どうしてこういう事態に陥ったかを追求していない。どこかの企業が1000億円もの赤字を出す羽目にでもなれば、こぞって記事にして追いかけるのに、最近は、マスコミも、国民も、企業も、減収減益赤字決算に“なれっこ”になってしまって、大したスクープにもならないらしい。
 今日のこうした企業の赤字決算の遠因は、東西冷戦の終焉にあると私は考える。1989年11月にベルリンの壁が破れてソ連邦とその東欧衛星国の崩壊、中国の改革・開放政策による市場経済社会化により世界を2分していた東側と西側の壁が崩れ、市場経済社会が一気に拡大し、東側の安い労働賃金で作り出された商品が西側に押し寄せてきたことによるデフレ現象が因を成していると言えよう。
 水位の違う水槽の中仕切りを引き抜いたような現象が東西冷戦の終結で起こった。東側へ大量の水が流れて水位が下がった西側はデフレとなり、水位が低かった東側は大きく水位が上がってインフレとなった。まさに、デフレとインフレが同時に東西で起こったのである。水槽の中仕切りを引き抜いた際に押し寄せた波は、始めは激しく波打ちながらそのうちに収束して、いずれ収まり、その後はまたインフレが始まるだろうと見ている。

経済大国は砂上の楼閣
 直接軍事的な衝突はなかったものの、東西冷戦も一種の戦争であったと考えるならば、冷戦は、レーガン米大統領とサッチャー英首相とによる米英(アングロサクソン)連合が掲げる資本主義市場経済体制の勝利に終わったことは言うまでもない。それまでは軍事的に遅れをとっていなかった東側が、兵器のハイテク化とレーガン米大統領のもとに進められたスターウォーズ計画とも呼ばれた、巨費を投じた軍拡競争に経済がついていけないと感じて屈服し敗北したわけだが、同時にこの勝利を勝ち取るために西側諸国は大きな負担を強いられたのも事実であった。
 そんな中にあって、西側の先端に位置しながら東側と海を隔て、直接脅威を感じなくてよい地政学的にも優位な位置にあった日本は、西側のショールームとして長年にわたって優遇された。
 朝鮮戦争・ベトナム戦争特需に、いち早くハイテク技術を身に付けた日本は、湾岸戦争に見られるような兵器のハイテク化による特需で、大変な漁夫の利を得たことはいうまでもない。
 世界に冠たる経済大国というのは、私からすれば、東西冷戦の狭間に浮かぶ砂上の楼閣のようなもので、特に平成景気と呼ばれるこの時期の「バブル経済」は、産業のハイテク化の波に乗った製造業の強みと、冷戦勝利のための軍拡により生まれた過剰流出ドルによるドル安の防衛のためのルーブル合意(87年2月)に基づく支援策としての低金利政策とドルの買い支えで発生した過剰流動性の結果である。この「低金利」と「過剰流動性」に伴う金融緩和の行き過ぎから生まれた、土地高・株高がバブル経済であったにもかかわらず、自らの実力で経済大国になり得たものと錯覚してしまったそのツケが今回の資産デフレ不況を招いているといってもよい。
 一方、冷戦終結後、米英国においては、平和の配当ともいわれる軍事費の削減と、大幅減税・大幅規制緩和に伴うベンチャービジネスのラッシュにより、経済が活性化して、今や大変な好景気に沸いている。東西冷戦を戦争とするならば、まさに米英国は戦勝国であり、日本は戦後処理を誤った国と言ってもよいだろう。本来、日本は53年前に第2次世界大戦で敗戦国となった。それが、50年間に及ぶ東西冷戦の恩恵を一身に浴びて驚異的な経済の発展を遂げてきたわけだが、今、その恩恵も消え失せ、本当の意味での敗戦国の運命に直面している。
 この資産デフレ不況から一刻も速く脱するには、サッチャーやレーガンが行ったような、大幅な規制緩和と所得税・法人税の恒久的な大幅減税を断行して、日本の規制と談合の経済体質を真の資本主義市場経済社会に変換していかなければならない。このままかつての社会党の政策をとるような自社さ数合わせの政権が続けば、資産デフレ不況と貸し渋り不況とでますます景気はスパイラルに悪化の一途を辿り、日本発世界大恐慌の引き金を引くことにもなりかねない。

マスコミの報道スタンスの変更なくして地価は上がらない
 もっと早く適切な手を打てば、こんなに大きなバブルを作らなくても済んだ。にもかかわらず、バブル高騰を見過ごした政策当局が、今度はヒステリックに地価の上昇を非難するマスコミ世論に同調して慌ててバブル潰しを急ぎすぎた。
 時の橋本大蔵大臣をして、トップギアで走っている車のギアを突然バックギアへシフトするが如く、法律に基づかない不動産融資総量規制を発動させ、三重野日銀総裁による公定歩合の棒上げなど、政・官・マスコミが一体となって合唱して、バブル潰しの不動産イジメともいえる諸施策を作った。これが資産デフレ不況の元凶である。金利が世界でも例を見ない公定歩合0.5%がすでに2年9カ月以上に渡っているにもかかわらず、株価と地価の下落は止まらず、資産デフレは進行したままである。人は資産として不動産を持ち、株を持ち、預金をする。それが、持っている資産の価値が下がり、株も値下がりし、預金は金利が付かないでは、泣きっ面に蜂。とても幸福感など味わえる状況ではない。
 地価と株価は基本的には連動するものであり、土地が上がらないと、株も上がらない。このことはマスコミも知っている。しかし、そのマスコミは依然として、株の値上がりの必要性を強調しながらも、地価の値上がりには批判的な姿勢を保ち続けている。このマスコミの報道スタンスの変更なくして地価は上がらない。バブル高騰期の最後に、マスコミは世論を動員して大蔵省、日銀、政治家に圧力を掛けてバブル潰しに狂奔し、人為的に地価を暴落させた経緯があるためか、地価の値上がりこそが今必要な不況脱出の唯一の施策と知りながらも報道せずに控えている。このような過去の誤りを自らが正し、国民の貴重な資産である地価の値上がりが株価の上昇をも促すものであることを報じ、地価の上昇・安定を図るべきではなかろうか。

偏差値教育の弊害
 今や国民の大多数は、住宅ローンとセットで住まいを持っているにもかかわらず、記憶力重視の偏差値教育で育った国民は自らのアタマで考えることをせず、一度インプットした情報にとらわれたままでいる。
 住宅新報によると、東京地区の調査で全体では84.4%、自宅が持家の人では76.4%もの人が、地価の値下がりを希望するとアンケートでは答えてしまう。最近自宅をローンで求めた人までもが、保有にかかる税が高すぎるせいもあるのだろうけれども自らの住まいの資産価値の高まる地価の値上がりを望まない。
 国民の多くは家計における含み赤字に苦しみながら、地価が下がることは良いことだと思っている。そんな中では当然、個人消費は冷え込み、景気は低迷。当然の如く、株式への投資も控えるから、株も上がらない。さらにローンは減らず、住まいの価値が下がり続ける一方では景気が上向くわけがない。こうした子供でも理解できる論法がなぜ日本人は理解できないのかと、欧米の識者は皆、首を傾げているに違いない。
 子供でも分かることが、分かっていそうで分かっていない。まさに、裸の王様とは、今の日本のことだ。裸の王様だからこそ、7年も続く資産デフレで自らの資産が目減りし続けているのに未だ気付かずに、天に唾するごとく「地価が下がることは良いことだ」と連呼している。マスコミの報道を恐れるあまり、少しは分かっている政治家や官僚も裸の王様を演じているようでは、日本に未来はない。しかし、住宅新報の記事によると「地価の値下がり希望者の約6割は、地価が今より一層安くなれば土地を購入したい人たちであり、地価の下落が続けば不動産に対する需要が一気に高まる可能性がある」と報ずるように、今がチャンスかも・・・。
 物事にはサイクルというものがある。上がったものは下がり、下がったものは必ず上がる。歴史を見ても、基本的にはインフレは長期的、デフレは短期的なものである。
 そろそろ不動産も買い時であり、経済学的に考えても「買って住むマンション」が「借りて払うマンション」の家賃よりも安いことはありえないにもかかわらず今は安い。
 皆が「羹あつものに懲りてなますを吹く」今が購入時かも・・・。

衆参同日選挙で安定政権を
 今のままでは、不動産資産の含み赤字はますます膨らみ、金融資産は利息も生まず、老後の不安は増すばかりである。安心して不動産や株式が購入でき、老後に安心感を持てる国にしなければならないのは喫緊事。そのためにも、自民党は橋本連立政権を退陣させ、魅力あふれる総裁のもと、思い切って衆参ダブル選挙を行えば、現在の小選挙制度のもとでは必ず支持率第1党の自民党は過半数をとれる。選挙により、小さな政府を目指した強い政治基盤を擁する安定した単独政権の登場を期待したい。