日本は最高所得税率が65%と税金の大変高い国である。誰もが税金を払わなくてすむ国があるなら住んでみたいと思うことだろう。私も、そんな一人である。しかし、税金のない国がどのように存在しているのだろうか。それには大変興味があり、かつてタックスヘイブンとして有名で世界の銀行が集まっているバミューダのケイマンに行ってみたいと思って、すぐ近くのナッソーまで行ったことがある。そこはアメリカの楽園でカジノに海洋スポーツの盛んな所であり、トローリングが楽しく気に入りすぎてとうとうケイマンには行けなかったことがある。 それが今度、長野冬季オリンピックの参加国の一つアンドラ公国も税金のない国と知り、好奇心が人一倍旺盛な私は無性に行ってみたくなり、早速アンドラ公国へ向かうこととなった。 アンドラ公国と聞いても、ほとんどの人は何処にあるかさえ知らないだろう。私も出かける際に地図を見て探し、それがスペインとフランスの国境近くにある国ということを知った。空路エールフランス機でパリを経由してマドリッドに入り、マドリッドから高速新幹線AVEでセルビアへ入り、そこからレンタカーで200キロばかり走ってグラナダへ行き、グラナダからイベリア航空でバルセロナに入り、バルセロナからアンドラ公国そしてトゥールーズまでの500キロメートルの道をレンタカーを自ら運転して走った。 初めは高速道路であるがアンドラまでの直線道路はなく、亀の甲の模様のように折れ曲がっては進み、ピレネーに近づくに従って直線道路が少なくなり、くねくね曲がった対面交通の長年の摩耗で、舗装の亀裂や痛みの激しい山道を走り続けた。しかし日本と違って轍はない。そのため毎年の補修工事で見た目には真っすぐできれいで亀裂や凸凹はないが、ヤワな舗装で轍が多く雨の日にはスリップの危険の多い日本とは大違いであった。 スペインとの国境には検問所があったが、前を行く車は次々と素通りなのに、なぜか私の車だけが側道に入れられ止められた。トランクの中からカバンの中まで持ち物のすべてを調べられたが、それにしては免許証やパスポートはチェックせず、まるでマネーロンダリングや麻薬持ち込み容疑のような検問であった。東洋人がレンタカーでやって来たのが珍しかったのか。あるいは犯罪者に見えたのか。とにかく、容疑は晴れたものの、何のための厳重な持ち物検査だったのかは、今なお判然としない。 アンドラ公国でまず目についたのが、ガソリンスタンドがやけに多いこと。小さな山間の街という雰囲気が日本の湯沢に似ている、それが第一印象であった。このアンドラ公国は、かつてアラブ人がイベリア半島を侵略した際、ピレネーまで攻め上ぼってきたアラブ人をアンドラ人が撃退、アラブ勢力のピレネー以北への侵入を防ぐ防波堤となった功績により、1274年以来、自治を認められている歴史のある国である。 現在は、スペインの司教とフランス大統領の共同元首制を執っていて、人口は約6万人。面積は日本の種子島と同じ程で、人口のうち1万6千人程がアンドラ人。通貨はスペインのペセタとフランスのフランが共用で使われ、所得税や物品税がないだけに物価は安く、スペインやフランスからの買物客が国の経済を支えている。 私も、ジョルジュ・アルマーニのメガネを買い求めたが、日本ならレンズ込みで6万円はするメガネが、ここではレンズ込みで2万円で買える。これは安い!ということで、サングラスなども含め、4つのメガネを購入してしまった。なるほど、所狭しと商店街が並び、買物客がフランスやスペインなどからやって来るはずである。 敬虔なカトリック教徒の国・軍隊のない国・税金のない国。アンドラを一言で表現するとしたら、まさに「平和を絵に描いたような国」というところだろう。65%もの高累進所得税に苦しみ、相続税に至っては70%の重税、さらに法人税が少し下がったと喜んだのも束の間、課税ベースの拡大で逆に税金が重くなった今の日本に住む私としては、こんな国で一度は暮らしてみたいと思うのは、至極当然なことと言えよう。 見ること聞くこと、すべてが物珍しく、石造りの可愛いらしい街並はとくに気に入ったのだが、国会議事堂を訪れた際、古い民家のような建物がそれと知り、これにも驚かされた。その建物こそ、国会議員28名が集う国会議事堂であり、裁判所と警察署も兼ねていて、地下は刑務所になっていると言われ、公共事業をばらまく日本と違って国家経営が軽負担で行われることが税金のない国の所以の一つとわかり、平和な国の印象がさらに強まった。 札幌と同緯度ということで、スキー場が小さな国でありながら5カ所もあり、できればスキー場を視察し、その横を経由してフランス側のトゥールーズに出たいと思っていた。しかし、レンタカーはスノータイヤではなく、また折からの吹雪模様の天気でスキー場に向かう道が雪によるスリップ事故により通行止めというアクシデントも加わって、Uターンを余儀なくされたのは、今以て口惜しいかぎりである。仕方なく、スペイン側に迂回してトゥールーズに向かった。このトゥールーズこそ、6月開催のサッカーワールドカップで日本が第1戦を行う街である。もちろん、サッカー場を見学して、日本チームの勝利を祈ったことは言うまでもない。 アンドラ公国での滞在中はアンドラ・ラ・ビラにあるプラザホテルに泊まったが、このホテルはスペインを代表する世界的歌手フリオ・イグレシアスが所有するホテルであった。税金のないアンドラでなら、いくら高いホテルでも、ゆくゆくは安い買物となる。私も、所得税が無税になるのなら、この国でホテルを持ちたい。イグレシアスも、プラザホテルを高く買ったそうだが、このホテル投資でアンドラ住民となり所得税が無税となれば安い投資だったことは言うまでもない。 ところで、バルセロナは私の好きな街の一つで、かつて3度ばかり訪れたことがあるが、6年前のオリンピック開催時に大きく変貌を遂げた。その街から車で250キロメートルの山間に、税金のない国は確かにあった。飛行場も鉄道もなくちょっと不便だけれど、もし、おとぎ話に出てくるような国に出逢いたかったら、アンドラ公国を一度訪ねてみてはいかがだろうか。(フランス側から入るほうが道路はいいよ) ただ、その際、気をつけなければならないことが一つある。それは、アンドラの緯度が札幌と同じで、陽射しは弱いなどと思い込まないこと。日中の陽射しは驚くほど強く、私はその西日を左半身にまともに浴び続けて往復で十数時間も走り続けたお陰で、大変な日焼けをしてしまった。 日本に帰ってきてから、その日焼けが痛く腫れ上がって水膨れとなり、とうとう病院に行く羽目に陥ったのである。医者はこれは日焼けではない、火傷である、と。点滴に注射、飲み薬に塗り薬とひどい目に遭った。特に高い山では3〜4月の紫外線は一年で一番強く、日差しで火傷します、とのこと。税金のない国に行って多くの得難い体験をしたことは嬉しいが、この日焼けはただ一つの苦い体験として残っている。当分は、左耳と左手の甲の水膨れの痕を見るたびに、アンドラの美しい夕日を思い起こすに違いない。 |
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