藤 誠志エッセイ
政策不況「貸し渋り」を糾せ


 97年の世相を表す漢字は「倒」と、日本漢字能力検定協会が発表した。全国募集の結果、金融機関の破綻や企業の倒産などを理由に、この字をあげた人が一割を占めたという。
 ちなみに、2位は「破」、3位は「金」、4位は「崩」、5位「乱」。金融破綻を連想させる文字が上位を独占した結果は、景気の厳しさを示していると言えよう。
 また、民間信用調査機関の帝国データバンクによると、倒産・負債額は過去最悪。年間の負債額は12兆円に迫るという。特に、貸し渋りによる倒産が後半顕著で、7月までは月10件程度だったのが、8月以降は月20件、11月に至っては34件にのぼったとのこと。
 こういう真冬ともいうべき状況下で年を越す中、いよいよ4月からは、金融ビッグバンに向かって早期是正措置と呼ばれる銀行経営の健全化施策が、最悪の巡り合わせで施行されることとなった。
 これは、資産内容を自らが査定し、健全性の目安とする自己資本比率を当局に報告することを義務づけるというものである。その健全性の最低基準である自己資本比率は国際基準で8%という。
 しかし、この数字は今の株価水準からすれば、かなり厳しい数字と言わざるを得ない。というのも、不良債権を償却するための償却原資が、業務純益と含み益の益出し分で足りなければ、蓄えていた自己資本を投入することとなり、その場合に自己資本比率を維持するためには、その12.5倍もの資産を圧縮しなければならないからである。
 つまり、1000億円の不良債権を自己資本を以て償却するには、1兆2500億円の資産を圧縮しなければ、自己資本比率を維持できないわけである。
 従って、金融機関が健全性を高めるために、不良債権の償却を急げば急ぐほど、貸出を圧縮しなければならなくなる。
 このクレジット・クランチ(貸し渋り)によって、健全なプロジェクトにも資金が回らず、その結果、新規のプロジェクトはストップ。また、土地を買いたい人がいても、買うための資金が融資されないから、土地売買は減少し、土地の値段はさらに下がる。
 企業にしても資金の余裕がなくなれば、自らが所有する株式を市場で売却して資金繰りに当てようとして、また株価は下がる。所有する遊休地を売って資金化しようとすれば、売りたい人が増える一方で、買い手は資金が回らず買えない。
 早期是正措置の実施は、さらに景気をスパイラルに悪化させる先導役となる危険性を孕んでいると言える。

 銀行の貸し渋りが地価と株価の一層の下落を招き、その下落によって、金融機関は自己資本の一部である株式含み益と、担保にとっている不動産の価値の目減りとに苦しみ、不良債権がさらに膨らむ構図は、まさに悪循環そのものである。
 自己資本比率を高めるため、貸し金を圧縮すればするほどスパイラルに景気は悪化の一途を辿ることになる。この悪循環に早く手を打たなければ、ますます景気が悪化し日本の金融システムは崩壊する。
 そう危惧する私に、さらなる追い討ちをかけたのが松下日銀総裁の次の言葉である。「金融機関の融資姿勢が慎重化しているのは認めるものの、景気回復の動きを損なうものではない。」とのこと。貸し渋りを認めればすぐ手を打たなければいけない総裁の立場もわかるが、「貸し渋りが景気回復の動きを損なうものではない」とはとんでもない言動だ。
 百歩譲って、早期是正措置の実施が、資本主義市場経済社会へ日本の経済システムが移行していく過程において、避けては通れない“産みの苦しみ”だとしても、その時期の選定は「間違っている」と言わざるを得ない。
 温室の壁を取り払うのは、春先、暖かくなってからである。それなのに、厳しい冬に向かうこの時期に壁を取り払い、今まで温室の中でぬくぬくと育ててきた金融機関をいきなり不良債権の償却の増大に苦しむ今、寒空に放り出すのはいかがなものか。過保護に育った日本の金融機関は風邪を引くだけに止まらず、肺炎にかかって死んでしまうこととなる。
 大義名分の通る、預金者の保護に限定して公的資金の導入を図ろうとする政府の論議は、今後も破綻する金融機関が続々出てくることを国民に吹聴しているようなもので、そうした先行きの不安感が景気の悪化と相俟って、前述の「倒」「破」が世相を表す漢字の1位、2位を占めたと言えよう。

 97年は重油禍に始まり、金融機関の破綻、倒産と、まさに厳しい1年であった。こういう試練の年を乗り越え、新年の舵取りが政府、大蔵省、日本銀行に問われる中での、日銀総裁の不穏当な発言は残念であり、認識が甘いというのが私の偽らざる感想である。
 かつて、バブル崩壊がすでに始まっている中で、大蔵省による不動産融資総量規制がマスコミに煽られる形で発動され、それがその後の急速な資産価格の崩壊を招き、それによる資産デフレ不況の後遺症が今日に至っても回復の兆しを見せていない。
 金融ビッグバンに伴う早期是正措置の必要性は認められるが、その方策はもう少し日本経済が健全化し、資産デフレ不況から脱してから打つべきでなかろうか。
 思うに、政治家は金融知識の理解のないまま、住専処理に公的資金を導入した際の国民の怒り(マスコミの煽りによる)に懲りて、不良債権問題を野放しにしてきた。
 それをここへ来て急に健全化しようと、早期是正措置を導入することが金融機関を強化する上で欠くことのできないものであるとする考え方には同意できない。その結果の貸し渋りが、一層の景気の悪化に繋がるのではないかと私は懸念する。
 今最も必要なことは、公的資金をもって全ての金融機関が発行する優先株を3年後5年以内の期限でその時の価格で発行金融機関が買い戻して償却することを条件に、全金融機関の優先株を一定比率で買い取ることである。
 そうすれば預金保険機構の金も当面必要なくなり、10兆円の公的資金が150兆円〜200兆円の貸し出し余力を生むこととなる。この優先株が値上がりしたところで体力のある金融機関は5年以内に順次買い取り、その後買い取り償却できなかった金融機関は市場原理に基づき淘汰されることとなるが、結果的には破綻した金融機関分も含めて差し引き全ての公的資金が莫大な利益を乗せて戻ってくることは間違いない。
 今必要なことは貸し渋りに対する対策と日本の金融システムを守ることである。
 1929年の世界大恐慌前の米国で、靴磨きの少年が「俺も株を買おうと思っている」と言ったひと言に、靴磨きの少年さえも株を買うようになればもう株高も終わりだなと株の暴落を予感した人が、所有の株を全て売って損害を免れたという有名な逸話がある。
 最近では喫茶店のウエイトレスまでもが銀行の貸し渋りを論ずるとき、金融に明るくない政治家も、金融ビッグバンによる早期是正措置に伴う貸し渋りの弊害に気付き、公的資金による優先株や劣後債の購入、不動産・証券にかかる税の大幅減税と大幅所得減税・規制緩和などの適切な策を講ずることを期待したい。そして、景気が春の訪れとともに回復し、日本経済が明るさを取り戻すことを願ってやまない。