藤 誠志エッセイ
「日本発世界金融恐慌」を防げ


 ここにきて、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券、徳陽シティ銀行と、金融業界の倒産、破綻が相次ぎ、マスコミを賑わしている。とくに、4大証券の一つである山一証券の自主廃業は、負債総額の膨大さ、失職を予想される7500人の社員など、史上最悪の倒産劇として大きな話題となった。
 しかし、私にすれば、これはプレリュード(序幕)に過ぎず、グローバルスタンダードのもと官僚指導の護送船団行政の終焉に伴う必然の結果と言わざるを得ない。
 今日の不況はバブル崩壊に伴う資産デフレ不況以外のなにものでもなく、決して、消費税率2%アップや、2兆円の特別減税の廃止や医療費の値上げなどだけによるものでないことは言うまでもない。
 土地と株の資産価値が下落する中、不動産・建設会社の行き詰まりで不動産や株を担保に融資を行ったノンバンクが破綻。そのノンバンクに融資していた金融機関に皺寄せがいった結果である。
 その資産デフレ不況は、日本の異常超低金利を生み出し、それが東南アジアへの資本投資を加速させ、東南アジアのバブル景気を育んだ。が、その東南アジア景気の好況も、その後の円安の影響により日本が輸出競争力を増すことにより後退の一途を辿たどり、東南アジアのバブルがはじけることとなった。
 それに伴い、東南アジアに融資をしていた都市銀行を中心とした日本の金融機関はダメージを受け、さらに業績を悪化させる羽目に陥ることとなった。一方、低金利で行き場を失った日本マネーは、米国の株式・債券市場にも流れて、米国の株価を押し上げるとともに、金利の低下に役立つこととなった。
 すなわち、1200兆円にも及ぶといわれる日本の金融マネーがもたらすうねりが、「東南アジアのバブルとその後の崩壊」と「米国の異常株高と景気高揚」に手を貸すこととなり、こうしたことが冷戦勝者である米国ひとり勝ちの景気状況を生み出し、超覇権国家パックスアメリカーナの時代を迎えたわけである。

 私は、現在の不況は資産デフレ不況に適切な手を打たなかったことによる政策不況であると確信している。
 かつて、橋本総理が大蔵大臣であった時に、大蔵省が高騰した地価をこれ以上の値上がりを防ぐべく検討した『不動産融資総量規制』の通達が、時すでに遅く地価が下がり始めたときに発せられ、しかも日銀の公定歩合の棒上げと国土法による地価監視区域の設定などの土地売買価格抑制策と重なり、下り坂にアクセルを踏むような結果となった。
 政・官・マスコミを動員して煽り立て「平成の鬼平」などと賞賛し、「上向いてツバする」ごとくバブル潰しに狂奔し、本来はそれ以上の値上がりを抑え地価の安定を図る施策をとるべきにも拘らず、その都度、実際の取引で積み重ねた地価を人為的に元の高騰前の地価まで押し下げようとして多くの悲劇を引き起こした。
 橋本総理とすれば、そのような当時の自らの愚行を認めるわけにもいかず、また「自・社・さ連立政権」という主義主張の全く違う政党同士の連立政権ゆえに、思い切った政策を打ち出せずに今日に至っている。
 今回の資産デフレ不況は政・官・マスコミがこぞって「地価の下落は良いことだ」と始めたために、今さら地価の上昇の必要性を認めるわけにもいかず、景気回復への手当てが遅れたものだが、ここまで来れば過去の責任を問うよりも、今はまず景気回復に専念すべきではなかろうか。
 そのためには、不動産の譲渡にかかる税金、保有にかかる税金を大幅に軽減することだ。今や三〜五分の一にも下がった不動産の価格の上昇を促すために、思い切って時限立法で三年間だけでも不動産譲渡所得税0%などの不動産の譲渡にかかる税の減税と地価税の廃止、固定資産税の引き下げなど保有にかかる税の減税を実施すべきだ。
 そんな英断を期待する私の思惑に反して、今回の景気対策の最大の目玉は、一部地域の容積率のアップなどという枝葉末節的な、メインディッシュのない景気対策に過ぎず、都心の一部商業地の容積率を1300%にアップしたところで、日影・斜線などその他の規制が多くて、よほど大きな土地でなければ恩恵を受けられず、こんな小手先の景気対策に呆れて市場が失望感を強め、株価の低下に跳ね返っているのが今日の現状である。即刻、不動産・証券税制改正の政策減税を断行すべきなのに、橋本総理は行政改革で頭が一杯で、景気回復までは手が回らないらしい。
 しかも、厳しい状況に追い込まれている日本経済にあって、もっと早期に手を付けなければいけなかった金融規制緩和を今まで放置しながら、敢えてこの時期に早期是正処置と称して自己資本比率の増加を図るよう働きかけ、銀行にビッグバンを迫る大蔵省の考えが理解できない。

 株と土地が下落している今、自己資本比率をアップしようとすれば貸出額の減額を図ることとなる。となれば、当然クレジットクランチ(金融ひっ迫・貸し渋り)が起こるわけで、今最大の問題はこの銀行の貸し渋りであり、健全なプロジェクト資金にすらお金が回らずに、このまま行けばまだまだ厳しさを増す企業が増えて来ることとなろう。
 98年4月からは外為法が改正され、その結果、為替の自由化が進み、為替手数料で相当の収入を見込んできた大手銀行は、貴重な収入源を失うことになる。
自己資本比率のアップを図るための資産の圧縮、低金利や金融不安によるタンス預金や郵貯への預金の流出、為替の自由化による海外への資金移動など、まさに銀行にとってはこれからは大変な受難の時代を迎えると言えよう。それはすなわち、一般企業にとっても貸し渋りの害を被ることでもある。
 日本のバブル崩壊後遺症の治療法はその場限りの応急処置に過ぎず、あまりにも長く放置された。それがバブルの疵をいっそう深めてしまったと言ってよい。
 このままでは、日本の金融システムはさらに揺らぐこととなり、『日本発世界不況の引金を引く』恐れすらある。それを回避するのが、政治の使命なのに、日本の政治家は、金融は票にならないと勉強もしないし解る人が少ない。
 良い悪いは別として自民党単独政権時代は実力者と言える派閥の領袖の進言で大事を成したものだが、今の政治家は小選挙区制の導入により議席の確保のことばかりに頭がいき、大衆の支持、世論調査の動向ばかりに気を揉んでいる。
 東西冷戦終焉により、今まで強みでもあった官僚主導のもとに強者が弱者に分配し、業界秩序を維持するという日本的慣行・談合体質が問われ、切磋琢磨の本当の資本主義市場経済社会へと収斂されていく中で、今後も市場原理に基づく倒産ドミノ現象が起こることは必定。
 マスメディアの発達がラジオからテレビへ、新聞から週刊誌へとますます視覚化した同じ情報を繰り返し報ずることにより、「考えない」人間を作り出してしまった。今を考えず、学歴に安住して正邪・善悪・真贋すら判例・慣例・世論・ガイアツ(外圧)に求める偏差値教育の弊害が、官界・法曹界・マスコミ界・政財界にまで広く及び、この結果、志高くユーモアを解し怜悧に考え瞬時に決断できる覇気あるリーダーがいなくなり、日本を無気力社会にしてしまった。
 政治家は何を成すにも世論を気にするが、その世論はほとんどがマスコミが作り上げたものである。その世論の攻撃が怖くて官僚も動けない。公的資金の導入を、預金者と投資家の保護のためと大義名分の立つ形にこだわるのは、世論が怖いからである。
 しかしこれでは、金融機関倒産のドミノ現象を招き、かえって膨大な資金が必要となる。今必要なことは、日本の金融システムを守ることであり、このためにも公的資金をもって全ての金融機関の発行する優先株とか劣後債の購入を図り、市場に安心感を持たすことだ。これで株価の上昇を図り、銀行の貸し渋り現象を解消して景気回復を図ることが急務である。
 この必要性を理解できない橋本内閣はもう限界である。この辺で解散総選挙をし、現在の自・社・さ連立政権を捨て、たとえ少数となっても自民党単独政権でこの事態に対処できる政権を創り出し、「日本発世界金融恐慌」の引き金を引くことのないように、日本経済を市場原理に基づく健全な形に編成し、東南アジアや韓国の不況の歯止めとなる役割を日本が担えるような政策を打ち出すことこそ政治の責任であると私は思う。