藤 誠志エッセイ
株式会社は誰のもの


 ここのところ、総会屋への利益供与事件が世間を騒がせている。味の素に始まり第一勧銀から野村証券へと飛び火し、山一、大和、日興へと今や4大証券のすべてを巻き込み、さらには百貨店の松坂屋や三菱自動車にまで捜査の手が延びようとしている。まさに、毎日が総会屋への利益供与に関する記事のオンパレードという状況だが、こうした不正行為は、何も昨今急に生じたわけではない。ほとんどの上場企業のサラリーマン社長は戦後の平等社会のもとリーダーとしての自覚もないまま、学歴と少々の運の良さで社長にはなったけれども、マスコミ報道を恐れるあまり、一般社員とあまり違わない安い報酬で我慢して清貧に甘んずる表の顔を演ずるとともに、社用車・社宅・接待ゴルフなどでようやく社長の体面を保っている。そんな社長を守り株主総会の無事進行を図るために、企業の総務部は大なり小なり総会屋と長年に亘って癒着してきたことは周知の事実である。
 また、最近特に顕著に報じられる土木や建築業界の談合も、決して物珍しいことではなく、国民の間では常識とされる疑惑の一つである。西松建設ほか17社に公正取引委員会が独占禁止法違反の疑いで事情聴取を始めたという記事なども、総会屋の利益供与と同様に、日本の悪しき慣行以外の何ものでもない。官公庁・公社・公団・特殊法人が発注するものは全国において土木・建築を問わず全て談合であると言ってよい。談合は政府の地域振興と失対事業の一部としての暗黙の了解事項であると、今まで黙認していたマスコミが、今更の如く騒ぎ立てるのは笑止千万の極みだ。
 私は不景気風が再び強く吹き始めたこの時期、こうした企業の不正をいつまでも小出しに連日摘発する検察とそれを大々的に取り上げるマスコミはいかがかと思う。今回の不況、景気低迷は消費税率のアップにより消費不振に陥ったことが第一の原因といわれている。しかし、消費税の2%アップよりも資産デフレがいつまでも続くことが真の原因ではなかろうか。
 バブルの崩壊から日本の景気は失速したわけだが、振り返れば、東西冷戦下で日本ほど、米国の庇護のもと、軍事費を低く抑え経済にのみ没頭することができた国はない。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争と軍拡特需の享受の結果が、戦後の高度経済成長とあのバブルを生んだことは言うまでもない。しかし、1989年のベルリンの壁の崩壊をきっかけとする東側の敗北、すなわち米国を中心とする西側(アングロサクソン)の勝利で東西冷戦の終焉とともに、環境は一変した。当時、米国大統領であったレーガン氏が推し進めた軍拡路線は、東側が資金的についてこれないほど壮大なものだった。スターウォーズ計画に代表される宇宙までも巻き込む軍事力の増強は東側を圧倒し、その結果が冷戦終結に繋がったわけだが、それに伴いUSドルは世界にばらまかれ、それを受けて日本はバブル景気を享受できたのである。冷戦勝利後、米国は一転、1969年国防省で開発されたインターネットなどの軍事技術を1990年になって民間に開放。同時に、軍事費の削減も推し進め、いわゆる平和の配当により米国の景気が一気に良くなったことはご承知の通り。
 これに反して、東西冷戦により多大な恩恵を受け、漁夫の利を得てきた日本は、特殊な国として見逃されてきたこれまでの日本的常識、慣行が通用しなくなり、資本主義市場経済の原則から外れた戦後体制の総決算を迫られているのではなかろうか。グローバル・スタンダード(世界基準)の名のもと、冷戦勝者であるアメリカによる世界支配(パックスアメリカーナ)の時代となり、日本もアングロサクソン・スタンダードとも言えるアメリカ基準の枠組みの中に入ることを迫られ、本物の市場経済を採り入れるべく経済システムの切り換えを強いられ、それがこの時期に集中しての総会屋に対する利益供与事件の摘発と談合叩きである。
 今本当にやらなければならないことは、総会屋への利益供与だけを騒ぎ立てることではなく、株式会社は株主のものであることをはっきりさせることである。総会屋に金を払ってでも守ろうとしている「株式持ち合いなどによるもの言わぬ株主総会でのうのうとサラリーマン社長が株式会社を私物化していることを正す」ことである。株を持たない社長がオーナー然として会社の金で贅を極め、世襲を繰り返していることこそ問題である。

 株主総会では、時間をかけて小株主の質問といえどもきちんと答えて資本と経営の関係をはっきりさせ、それが嫌いな会社は公開すべきではないと私は思う。しかし今、即刻やらなければならないことは、まず景気の浮揚。元気のない日本に活を与えることである。そのためには、大胆な「規制緩和」と「大幅減税」の断行をおいてない。
 このように事態は切羽詰まっている段階にも拘らず、自・社・さ連立政権は有効な手を打たずバブル期に土地の値上がりを抑制するために設けられた数々の法律・税制を今なお放置している。法律によらない大蔵省による一片の通達で始まった不動産融資総量規制に国土法の届け出義務、監視区域の設定、地価税の創設、固定資産税の棒上げ、譲渡所得税の増額など挙げれば切りがない。「持っていても、売っても、買っても、大変な税金が掛かる」ようでは、資産デフレが続くのは仕方ないこと。
 「赤信号皆で渡れば怖くない」とバブル期に日本人は競って不動産を買い漁った。そして、崩壊後は「赤信号皆で渡って皆死んだ」となった。本来なら、自らの価値観に基づいて行動すべきであって、欧米で、車の通らない横断歩道の赤信号で青に変わるのを待っているのは日本人だけだと言われるように、赤信号でも車が来なければ渡ればよいし、青信号でも車が来そうだったら渡るべきではないのである。他人に判断を委ねるのではなく、自らの針路は自ら決めるのが欧米の常識である。それが日本人はできないのである。規則に従順だけれども、自らの価値観を持たないがために、マスコミや金融機関などに踊らされる日本人。そういう意味では、バブルを作り出したのも、また一転して土地の値上がりは悪であると天に唾するごとく一斉に唱え始めたのも、マスコミの大合唱に煽られた世論であり、今の不景気を作り出した責任の一端は国民自らが背負わなければならないのかもしれない。
 その国民をより豊かな社会へと導き、日本の明るい未来を指し示すのが政治であるにも拘らず、その政治はリーダー不在のままマスコミ世論を恐れて右顧左眄うこさべんしている。拠って立つ基盤の違う自・社・さの連立政権は、数の論理だけを求めたなれあい政権だけに、有効な施策を打ち出せず、長引く不況を手をこまねいて見ている。今の日本は体力が衰えて寝込みがちな病人だということをよく認識し、不動産と株取引の活性化を図るべく『政策減税』と『大幅な規制緩和』を断行し、真の市場経済社会を実現すべきである。
 不景気の真っ直中のこの時期、総会屋がどうの、談合が悪いのと、不良債権を抱えて四苦八苦している金融機関や建設会社の首つりの足を引っ張るようにいつまでもこのような事件をダラダラと追及し続けるのは得策とは言えない。社会混乱を招くだけで不景気に追い討ちを掛けるようなものだ。規制緩和や大幅減税のないままに金融ビッグバンを行えば、それこそ日本の金融機関は根こそぎ欧米の資本の虜とりことなってしまう恐れすらある。
 まずは景気の浮揚を真っ先に考える。そのための施策を政治がリーダーシップを執って推し進める。それで景気が回復してきたら、その時に、従来の悪しき慣行であるサラリーマン社長が免罪符を買うにも似た総会屋への利益供与や、市場経済で最も糾弾されるべきは談合であり、政・官・業癒着のトライアングルの因もとでもあるこの問題に断固立ち向かわなければならない。不正を正し真の資本主義市場経済を確立しなければいけないが、それには、まず日本が元気になってからがよい。元気を出す特効薬はバブル潰しのために創られた諸施策を早急に改めること、それとマインド不況を吹き払い『元気を出せ、ニッポン』だと言いたい。