藤 誠志エッセイ
現代版魔女狩り騒動


あくまでも首相を退陣させようとするマスコミ報道
 神の国発言、加藤の乱など、絶えずマスコミ煽動による首相退陣騒動に見舞われる森首相だが、今度は米海軍原子力潜水艦と宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」の衝突・沈没事故の余波に巻き込まれた。この事故による危機管理対応のまずさというよりも、事故の一報を受けた後も携帯電話で対応しゴルフを続けたことがマスコミの非難を浴びることになった。
 森首相によれば、事故の一報は15番ホールで受け、そのときには詳細は分からず、「高校生の実習船と米原潜が接触して今、救助している」というものだった。首相はそれぞれ関係先に指示を出し「官邸の危機管理として、どう対処できるか検討してくれ」と秘書官に指示。秘書官から「次の連絡までは、そこにいてください。その方が連絡が取れやすいですから」という要望に従いプレーを続行した。
 次の連絡は17番ホールで受け「9人が不明でけが人もあるようです」という報告を聞き、すぐさまプレーを取り止め、「どこで対応すればよいか」と秘書官に聞いて「とりあえず私邸へ」と聞いて私邸へ向かった。途中、河野外相から連絡が入り、私邸に立ち寄って着替えをすませ、すぐに官邸に駆け付けたということである。
 私からみれば、こうした一連の行動にはなんら糾弾されるところはない。にもかかわらず、マスコミは今回も一斉に非難の矛先を森首相に向け、ゴルフ場で携帯電話で指示を出しながら、プレーを続行したことに問題はなかったかと食い下がった。首相はそうした質問に「問題はないでしょう。ガタガタして慌てたところでしょうがない。万全の態勢を取っただけですよ」と述べ、一蹴した。
 しかし、自民党幹事長時代から続く番記者との確執がこの事件の対応で再燃。マスコミの神経を逆なでしてしまったようだ。事件発生当初はさして問題になっていなかったゴルフ続行問題が、首相の「実習船と原潜の衝突事件は事故で緊急時に政府が対処する危機管理には当たらない」という認識に、核アレルギーの強いマスコミが一斉に反発。それに野党が便乗、そしてお決まりの「森総理をまだ支持しますか」と大都市のごく一部の有権者に電話アンケートし、その結果を大々的に全国的で正しい手法での支持率調査のごとく報じ、「こんなに低い支持率になってもまだ森総理を与党として擁護するのですか」と追い込み、山びこ現象的に追い込んでいく。そしていつのまにか、緊急浮上時に安全確認もしないで起こった原潜の衝突事故が、本来は被害者側であるはずの森首相の対応を加害者のごとく追及し叱責の限りを報道、退陣に追い込もうとするなどまさに、本末転倒の極みである。
事故当時、ブッシュ米大統領はどこで何を?
 衝突・沈没事故の詳細が分かれば分かるほど、森首相の対応がどうか、危機管理がどうかという以前の問題であることが知れる。民間人16人を乗せた遊覧潜航クルーズが、海上の船舶を確認しないで緊急浮上レバーを民間人に引かせて起こったもので、まさに東西冷戦終焉後の、米軍の気の緩みを端的に物語る事故であり、今回の事故の責任の全ては原潜、米国側にあることは明らかである。
 にもかかわらず、事故発生時にたまたま週末のゴルフを愉しんでいたことで叱責と非難の嵐に遭遇している森首相である。が、事故の第一報に接した加害者側の最高責任者であるブッシュ米大統領はどこで何をしていたのだろうか。どのマスコミもそのことについては報じていない。それなのに、被害者側の日本の首相に向けて危機管理能力の欠如だとか、一報に接しながらもゴルフを続けたとか、ゴルフ場から官邸に駆けつける段取りが悪いとかを糾弾し、退陣に追い込もうとするのはマスコミの悪辣な世論操作である。
 さらに、森首相退陣に拍車を掛けんがために、ゴルフ続行問題だけではさして進展がないと悟るや否や、A紙は今度はゴルフの会員権の取得が無償譲渡ではないかと論点を変えて非難し始めた。まさにバブルが始まろうとした84年当時は問題の戸塚カントリー倶楽部の会員権に限らず、ゴルフの会員権が投機の対象となり、いずれ高騰した際に高値転売することを目的に購入された時代であった。所有者からすればプレーそのものより、利益を生み出す不動産的な資産価値の増大に魅力を感じていたのである。そして某社長もまた、誰もがそうであったように、プレーを希望する人に年会費とプレー料金を支払ってくれれば貸与したいと考えたのは当然のことである。この会員権は85年はじめに4千万円で購入したもので、その後のバブル期にはなんと1億7千万円にもなったことからも明らかで、バブル期には一般的に広く行われていたことである。またその後話題になったもう一つの浜野ゴルフクラブは84年にオープンし、当時の会員権募集価格は930万円。それがバブル全盛期に9千万円にまで跳ね上がったという。ちなみにこの会員権もバブル崩壊により地価と同様に下落。現在は3百万円の価値しかない代物となった。
 地価と株価とゴルフ会員権の相場は軌を一にし、暴騰しそして暴落した。こうした資産価値の暴落が現在、金融・ゼネコン・流通・家計と全ての資産の保有者を直撃し、莫大な不良債権を生みだしている状況を直視すべきである。それなのに、バブル期にバブルの昂進を放置し、本来地価は上がれば上がったところで安定させ、ソフトランディングさせなければいけないにもかかわらず、今度は一転して元の値段に下げればよいと大蔵省は不動産融資総量規制を発動、日銀は公定歩合を棒上げし、政治家もマスコミも一体となってバブル潰しに狂奔し、国民の貴重な資産である不動産を暴落させた。そしてそうした資産を暴落させた橋本元蔵相や三重野元日銀総裁など、誰も未だ責任を取ろうとはしていない。急速なバブル潰しで起こったゴルフの会員権、株式、不動産資産の暴落を放置して有効な手を打つこともなく、地価が下がれば下がるほどいい!と自虐的に囃し立てるマスコミの呪縛から逃れる術を持たず、適切な政策を断行できずに10年が過ぎた。そしてこの間、貴重な日本の優良資産が外資に安値で買い叩かれている。先月号のこのエッセイでも書いた が、今日の「日本の閉塞感」はスパイラルに続く地下の下落にある。
 そうした閉塞感がもたらすフラストレーションが今回の森首相退陣劇の再燃となっている。節操もなく全く主義の違う共産党と共闘する自由党、党内で統一政策も出せない民主党、公明党と連立を組む自民党など、イデオロギーや政策でなく数合わせで既得権益擁護のため、なれ合い談合の政治を今も行っている。
議席の維持しか考えない政治家
 森首相の退陣が一気に現実味を帯びたのは連立与党を組む公明党の対応である。神埼代表が「内閣不信任案は必ずしも否決するものではない」と発言した。これは参議院選挙に向けて、公明党の存在感をアピールして支持者の拡大を図るパフォーマンスであることは言うまでもない。公明党といえば長年にわたって共産党と支持者争奪戦を演じてきた政党で、田中角栄時代から田中派(橋本派)別動隊と言ってもよく、いずれも民主集中制ともいえるトップダウン型政党。今回の騒動の影に橋龍復権の橋本派の思惑が見え隠れする。
 自自から自自公、そして自公保連立となった経緯の中、公明党は自民党と連立して与党として政権を担い、自民党の集会にも出席して、創価学会会員以外にも政策を披瀝できるという恩恵と政権与党としての旨味を十分に満喫しているその党が、現在の立場を投げ打って連立を離脱などするわけがない。袂を分かつ覚悟も勇気も意志もないのに、公明支持者の繋ぎとめと、参議院選挙での党勢維持だけに狙いを定めたパフォーマンスと言えよう。
 マスコミが火を付け、野党が油を注ぎ、公明党が延焼を防ぐためと一歩退いた発言が引き金となって燃え上がってきた退陣劇。重箱の隅を突つくように粗あらを捜し出して、失政なきも、失言と過失の捏造で森首相を退陣に追い込もうとするマスコミの自虐的愚挙は現代版の魔女狩り騒動と言ってよく、諸外国は嘲笑して眺めているに違いない。
マスコミの為にする報道に踊らされるな
 森首相を退陣させるとして一体、次は誰が総理に適任とマスコミは言うのか。数人の政治家の名が挙げられているものの、どの人が首相になろうが、またぞろマスコミの餌食となって揉みくちゃにされ、国民と世界の信頼を失っていくことは明白である。マスコミの無責任な報道姿勢、自己の議席しか頭にない政治家、それが続く限り、日本の閉塞感を打破することは難しい。
衆愚政治を打破する起死回生の手立ては、自民党が公明党と手を切り、政策別にパーシャル連合組み、粘り強く議論し、多数決の原則に徹する事しかない。国民が正しい歴史観と世界観の下、マスコミの報道に踊らされることなく真実を見据え王道を進んでいかなければ、諸外国から嘗なめられることは想像に難くない。
 ここ10年、日替わりランチではないが、年替わり首相として、外国から奇異な目で見られている日本で、被害者であるべき首相が事故の対応を糾弾され退陣したとなったら、どのように思われることやら。予算成立までは森首相で予算成立後に退陣との報道が繰り返されているがその後は誰がどんな政治をするのか、まるで見えない。
森首相にはひがみとやっかみが報道の基本であるような今日の過度に発達しすぎたマスメディアの横暴に屈することなく、頑張って欲しい。
 現職総理を辞めさせるには内閣不信任案可決しかない。可決されれば解散して信を問えばよい。われわれは、党利党略に明け暮れる野党の暴論に惑わされることなく、民主主義のルールに基づき国益を危うくする愚行に便乗せず、マスコミ報道の行間と意図を読み取って「真実を見出す」努力を怠らないようにしていきたいものである。