自律的景気回復の真贋 |
新聞の経済企画庁の3月の月例経済報告の記事によると、景気の現状認識については「自律的回復に向けた動きが徐々に現れている」との総括判断を示し、企業収益が改善する中で設備投資が持ち直し、個人消費も上向いているとの認識から、堺屋長官は「景気は拡大局面にある」と表明した、とあった。 月例経済報告で景気回復に言及するのは、実に5年半ぶりとのこと。 しかし、これも小渕総理のなりふり構わぬ景気対策による、税を注ぎ込んでの彌縫策に過ぎず、いまだ健全企業にも金を貸さない貸し渋りと、地価の下落で資産デフレが進行する中、自律的回復とはちょっと信じがたいものがある。 一方、ここのところIT・ハイテク株を中心に続落していた米株式市場が再び活況を呈したことも、3月の月例経済報告の日の新聞紙上を賑わしていた。ダウ工業株平均が高騰し、ニューヨークの株価が終値で前日と比べて499ドルと史上最大の上げ幅を記録したのである。 この日発表された2月の米卸売物価が原油価格を除けば小幅な上昇にとどまり、「国内要因によるインフレ圧力は弱く、米経済の堅調な成長は続く」との楽観ムードが急速に強まったことも報じていた。 この二つの記事を並べて見て私が痛感したことは、ここのところの日本の景気回復宣言が、政権与党の選挙対策と低金利政策に負うところが大きいということ。さらには、景気回復の原動力の一つである株価の上昇が、決してトータルなものではなく、一部のIT・ハイテク株の高騰が引き起こしているという事実である。 高騰するIT・ハイテク株は浮動株が極端に少なく、思惑で買われる株が多く、NTTドコモの時価総額がその過半の株式を持つNTTの総額よりも大きいなど、IT株は株価が上がるから買い、買うから上がるという代物である。だからこそ、わずか数十億円の売上高で経常利益も数億円程度しかない会社の時価総額が数兆円という不可解な現象が生じることになるのである。 私はかつてのエッセイで、日本の優良資産が外資に買い叩かれていると書き、リップルウッド社への長銀譲渡に異議を唱えたが、金融再生委は今度は「私は豆腐屋だ!!金の単位は1兆、2兆と勘定する。売上高や経常利益には関心がない、あるのは、その企業の株式の時価総額のみだ。」と豪語するソフトバンクに日債銀を譲渡しようとしている。ソフトバンクは今や(2月末)株式の時価総額はトヨタ自動車をも上回る17兆6千億円にもなった。 孫正義氏はIT・ハイテク株の将来性をいち早く見出した時代の一大寵児であり、私も高く評価しているが、雇用も需要も創造せず税も払わない投資家であり、実業家ではない。そもそも企業とは社会的なものであり、社会のインフラを使って成す活動であれば社会的価値の創造が必要であり、雇用の創出と需要の創造に、規模に応じた税の供出が必要である。今日のようなIT・ハイテク株のバブル現象は到底、その企業の現在の価値を反映した株価でなく未来の成長性の夢を買う博打に近いもので、すでに株価はその夢をも通り越している。 機関投資家たちもおそらく暴騰するIT・ハイテク株はバブルだと見ているのだろうが、いかんせん、世の中がIT!IT!と一斉に流れれば、IT株を組み込まなければ投資利回りが上がらないという現実に直面する。そして、それほど出回ってもいないIT株の取り合いとなり、それが株価の高騰に拍車を掛けることになる。 要するに、実体のない株だからこそ夢を買い、ブームで暴騰することもあれば、逆に大暴落して瞬く間に5分の1や10分の1の価値ともなる。そのような暴騰と暴落を繰り返しながら高騰していく高リスクの株式を、大衆の個人年金資金である401kや、デイトレーダーと称する1日何回もインターネットで売り買いを繰返す少額投資家が信用で買ったり借金をして買えば、ブラックホールに金を注ぎ込むように暴落したときには全てを失い、敗者復活もできない危険性が極めて大きいのである。 |
金融資産の米国流出を阻止せよ |
IT・ハイテク株を中心とした米国の高株価の維持も、最近の日本の株価の上昇も、日本の異常なまでの低金利のお陰であることは言うまでもない。それは米国の投資家や株式市場には最高のプレゼントであっても、日本にとっては戦後のモノ作りで額ひたいに汗して稼いだ1300兆円の金融資産が5%で65兆円、0.3%で回ればわずか3兆9千億円にしかならず、毎年差額の60兆円近くの金が合法的に米国や日本の国債や株式・バブルの崩壊で痛んだ銀行やゼネコン・大手ディベロッパーなどの救済資金と借金の棒引き資金に使われるとともに、多くの借入過多企業や住宅ローン金利の軽減にと掠め取られてしまっている。 そして、「ゼロ金利」にも拘らず怒らずに堪えて、挙句の果てはベンチャービジネスへの投資に振り向けられて、元金までもが紙くずと化したのでは泣きっ面にハチである。 そもそもベンチャービジネス、ベンチャー企業と持て囃されて、その名が新聞に出ない日はないが、ITベンチャーであれば何でもOKとばかりに、株価が舞い上がるのはいただけない。ITを日本語に訳せば情報技術。これはまだ良いとしても、ベンチャーのほうは日本語では冒険。冒険という字から、その奥に秘められた怖さを感じるのは私だけではないはずだ。 融資とは、金利を加えた上で確実に元金の返済があるところに資金を貸し付けるもので、投資は5倍から10倍になって返ってくると見込むところに金を投下するものだ、と私は思っている。米国では、未公開のベンチャー企業に資金を提供するベンチャーキャピタルと言われる大口の個人投資家を「エンジェル」と呼んでいる。つまり、この場合の投資は「天使のほどこし」という意味合いが強い。株式を公開済みの企業オーナーなどが公開時の創業者利益をもってエンジェルとなることが多く、数多くのベンチャー企業に分散投資してリスクをヘッジし、10社に1社、いや、100社に1社が大当たりすれば、それでよい(幸運の天使が舞い降りた)ということから、エンジェルという名が付いたのかもしれない。 そんな危険な冒険ともいえるベンチャー企業に対してまで日本では、国や県に市町村までもが特別融資制度などを設け、おまけに税金をもって手厚い資金援助をしている。しかも、そうした援助を受けたベンチャー企業が破綻をきたし、不良債権となった場合、税でもって賄わなければならないこととなる。また、運良く成功して上場した企業も、上場で得た資金をその企業の設備投資や将来のために投資するのならばともかく、また他のベンチャー企業に投資するというのだからまさにギャンブルだ。 今日ベンチャー企業の花形とか、雄とか誉めそやされている企業は他のベンチャー企業への投資に躍起になって、自らは何の社会的価値を創造しないで投資を本業としているというのだから、これでは額に汗して働き儲けるのが馬鹿馬鹿しくなるというものだ。こんな低金利で建築費も地価も安い時は資産の拡充に努め、長期固定金利の住宅金融公庫でも利用して、いつまでも借家住まいではなく家賃並の返済で買えるマンションでも買うのが賢明な策である。 |
時価総額に惑わされる投資家 |
IT・ハイテク・バイオ産業が21世紀の成長産業であるということを疑うわけではないが、ここまで高株価となったIT・ハイテク株が21世紀も引き続き高騰するという保証などどこにもない。しかし、儲けたいと念じている投資家は、どうしてもIT・ベンチャー株やIT・ハイテク株に目を向けざるを得ない。昔から財産三分法という言葉があり、財産は不動産と預金と株式に三分化しなさいと言われているが、地価はデフレスパイラルで下落し続け、預金は低金利で一向に増えず、IT・ハイテク・バイオ以外の株価はほとんど上がらない現状では、高騰を続けるIT・ハイテク株にのみ集中する気持ちは理解できるが、投資家も皆分かっていながら自分だけはババ抜きできると考えていて、最後のババをつかむこととなろう。結局、博打は胴元と一手に売りをも打てる、無限に資金を注ぎ込める者のみが勝利する。 実体とかけ離れた成長性の夢だけで買われている、売上高も利益も小規模な企業でありながら、時価総額だけが1兆円を超す企業の株価がそのまま維持されるはずがない。いずれ価格調整が生じ、大暴落の可能性が付きまとう。 今年は日本も米国も選挙の年。経済企画庁は自律的景気回復の動きを公言して憚らないが、どうも私には選挙向けのように思えて仕方がない。米国のIT・ハイテク株の値上がりもまた、米大統領選挙前の景気付けのように見える。民主党のクリントン大統領が政権をゴア氏に引き継がせるための株高演出と考えてもそう的外れではあるまい。 そして、11月7日の大統領選挙をはさむ、世紀末から21世紀の初頭に見舞うのは、米国の株価の暴落ではなかろうかと気掛かりである。その影響は米国だけにとどまらず、日本、ヨーロッパ、東アジアなど世界の株式市場をも奈落に引きずり込むことだろう。このようなことを心配する米国連邦準備理事会議長グリーンスパン氏の、数度にわたっての米公定歩合の引き上げも「折り込み済み」とばかり株価も一時下がってもまた上がっていく。しかし、日本の金利水準が通常金利である米国並みの6〜7%にまで上昇すれば、株式の暴落とドルの暴落が併せてやって来よう。 旧東側諸国の低賃金と日本の低金利にIT・ハイテクの進歩が今、世界の株価と低インフレを支えていることは明らかで、米国は日本が冷戦期間中に漁夫の利として得てきた1300兆円の金融資産を、インフレとドルの暴落によって横取ろうと図っている。また、東芝米国子会社のノートPC欠陥問題や、住友金属・大和銀行の例に見られるように、法務対策に弱い日本企業を狙い撃ちにして、欠陥問題や特許権・意匠登録・著作権などと連邦法などに抵触していると、社員の不正による被害者なのにもかかわらず、高額な罰金や賠償金を課す。他方ヤクルトの巨額損失問題のようにハイリスクでローリターンのデリバティブ商品を、確実に手数料を稼ぎつつ巧みに売り付けていることは、周知の事実である。まさに、「ブタは肥やしてから食え」という言葉があるが、冷戦時の漁夫の利で丸々太った警戒心のない子ブタはとりわけ味がよいのである。 そもそもインターネットは米国が冷戦時に軍事目的で開発した技術を、冷戦後、民間用に転用して開花させたものであり、英語を基本言語としていてこの暗号技術のすべてを米国が握っている。そして、いまや米国は世界の企業の全ての通信を日常的に傍受して暗号を解読し、世界を飛び交う情報を米国が独り占めにすることができるゆえ、今、米国のビジネスが傑出しているわけである。米国が一人勝ちの現在の経済そのものが、冷戦勝者の米国が産業スパイを行っているか否かを如実に物語っているし、米国の国益を考えれば当然だ。 |
E−ビジネスの崩壊も絵空事ではない |
そのインターネット、E−ビジネスが21世紀の繁栄を約束していると楽観視する人が多いが、今はハッカー側とその防御側の力が拮抗している状態にあり、もしハッカー側が一方的にサイバー・ウォーを制し、どんな盾をも突き破る矛を手にしたらその瞬間、IT革命によるバラ色の近未来は音を立てて崩れよう。その結果、付加価値を生産しない、実体のない株式投資で巨万の利益を得ている投資家が、一瞬にして全ての財産を失う危険性を孕んでいる。そして、デフレスパイラルと超異常低金利の後にはハイパーインフレと高金利がやって来て、国債や株式、保険、証券などは紙くずとなる。そんな不安を胸に抱きながら、新世紀を迎えたくはないものである。 |
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