藤 誠志エッセイ
冷戦終結10年


支配される平和に甘んじた戦後
 ベルリンの壁が崩壊し、ゴルバチョフとブッシュによる冷戦終結会談が行われた1989年12月から、まる10年が経った。東西冷戦の間、日本は支配される平和に甘んじ、漁夫の利を得て経済的には繁栄を謳歌したが、社会的には変質した。国会議員の大半は実社会での経験の薄い2世・3世と秘書あがりとなり、官僚は大局観を持たず世界観も歴史観もない偏差値教育で育ったデジタル記憶勝者ばかり、財界人の多くはサラリーマン経営者となり、地方財界のトップのほとんどはリスクをとらずに規制で守られた地域独占の電力会社のサラリーマン会長の指定席である。マスコミは念仏民主主義を唱え、国防は無視され支配される平和も平和であると錯覚してしまっている。しかし、現実は冷戦終結後のこの10年間はかえって民族・宗教・地域をめぐる紛争は頻発している。日本の経済的繁栄も、GNPで世界の15%を占め、東証平均株価が史上最高の3万8915円の値を付けた1989年の大納会の時が絶頂期であった。
 これは1981年から2期8年間続いたレーガン大統領による大幅減税と大軍拡競争でソ連に打ち勝つために大量に世界の基軸通貨であるドルを世界にばらまいたことにより、この結果、ドル安になるとともに80年代の世界の経済は大活況を呈することとなるが、レーガン政権末期には世界的にバブルを生むこととなった。
 そしてその恩恵を最大限に享受していたのが日本である。しかし、一方的な日本の貿易収支の黒字に歯止めをかけるために85年9月のプラザサミットでは円高の推進が合意され、日・米・西独3国の通貨当局による協調介入が行われ、1ドル240円の円相場がわずか1年5カ月あまりで140円に達し、行き過ぎた円高が今度は一転、円高不況を危惧する事態となり、日銀は86年1月からわずか1年余りの間に公定歩合の引き下げを5回も繰り返すという金融緩和政策を断行するとともに円売りドル買いで円高是正に走り、これが市場に円を過剰に供給することとなった。そしてその過剰流動性資金で株価と地価が急上昇、空前の株式ブームが到来、株式の売買高が世界一を記録し、東京が世界最大の金融市場となり世界の金融資本が続々と東京に集まるとともに、円高不況を経営の合理化で乗りきった企業の業績の回復から東京都心部のオフィスビルの需要が増大し、東京都心部の商業地の地価の高騰が始まり、それが玉突き現象となって、東京都心から郊外へ、さらに関西圏、地方圏、挙げ句の果ては、貸出し攻勢を受けた日本企業は銀行の紹介で海を越えてハワイやオーストラリア、米国本土、ヨーロッパなどの世界の主要な不動産を買い漁った。この資産の買いまくりを支えたのが、円高・株高・金利安と、土地神話に基づく金融機関の過剰融資であり、それがあのバブルを生み出したのである。
 日が経てば地価が上がり、必要なだけ融資が受けられるとなれば地価は高騰を続けることになるのは当然であり、こうした地価の高騰が全国を恐ろしい勢いで席巻していくのを見てようやく慌て出したのが、国土庁に大蔵省や日銀である。地価高騰から来る固定資産税の高騰に対する不安が世論の後押しをし、国土庁は87年に監視区域を設定して区域内の土地取引価格を抑制、日銀は89年5月、90年3月、8月と、わずか1年3ヵ月の間に2.5%の金利を6%までに引き上げ、大蔵省も90年4月に不動産融資総量規制を発動し、不動産購入資金の融資に歯止めをかけ、金融の一大引き締め期に入った。さらに、土地の保有にかかる税は本来地方のインフラの整備と維持のための税「固定資産税」のみだったにもかかわらず、大蔵省は92年4月になって地価の抑制と地方税の収奪を狙った地価税を創設した。それに対抗して地方は固定資産税の評価を棒上げし、地価が暴落した現在もなお増税が続いている。

時効逃れがバブルの傷を拡大
 監視区域の設定と日銀による公定歩合の矢継ぎ早の引き上げと、市場原理で上がりすぎた地価が反落し始めた90年代になって、不動産融資総量規制とマスコミを動員しての“地価高騰は悪”というキャンペーンで、ついにバブルが潰れた。下り坂でアクセルを踏むが如くバブルは急速に崩壊、資産デフレスパイラルが始まった。しかし、これに有効な手も打たず、「地価が下落し、元の価格まで下がることは良いことだ」とバブルの高騰とその崩壊に伴う失政の責任が時効となる5年間これを放置した。
 そして、ようやく未来に負債を先送りする財政の大盤振舞いによる施策で景気回復が見られ始めた97年に、時の橋本政権は消費税のアップと医療費負担を大幅に増やした。7月にはバーツで始まった東南アジアの通貨危機が始まり、11月には三洋証券・北海道拓殖銀行・山一証券の破綻で日本の金融システムが崩壊寸前となった。そうした金融危機で、一時克服したかのように見えた景気が再び失速し始めた98年1月、橋本首相は大蔵官僚の意見を丸呑みし、「財政構造改革法」による緊縮策でさらに景気の失速に追い打ちを掛けた。そして7月の参議院選挙で自民党が敗北し橋本氏が退陣した。

職業差別の金融政策を改めよ
 冷戦勝者米国は不況に沈む日本経済を尻目に、旧東側諸国の低賃金と、開発途上国、産油国などの一次産品の価格低下と、日本の低金利の三低現象にデリバティブを駆使した国際金融政策とIT(インフォメーション・テクノロジー)産業の高株価に支えられて、米国の一国繁栄体制を確立した。そして今、米国のヘッジファンドや国際金融資本が、今度は高くなりすぎた米国の株式からの分散投資として、ここのところ低価格であった原油や、今まだ割安な東南アジアや日本の株式、下がりすぎた日本の収益ビルなどに資本投下をし、世界はデフレ不況を脱し再びインフレへの道を歩き始めそうな状況が到来しかかっている。
 通常、金利が上がれば、株価は下がるものだが、この先のインフレを牽制して先日、米国は3回目の利上げをしたにもかかわらず今回の利上げで当分は利上げをしないと予測して株価はまた1万1000ドル台を回復、それに歩調を合わせ、日本、アジア、欧州の株価も上昇。デリバティブを駆使した米国金融資本の増大と産業革命にも匹敵する全ての既存のシステムを洗い直すIT(情報技術)革命により、世界的な景気回復の見通しが出てきたのである。
 そして外資にとっては、国際的に見てもまだまだ安い日本の株式と、収益還元法から見ても底値圏の日本の不動産は魅力的なのである。この背景には、大蔵省を始めとする金融当局の矛盾した行政指導に一因がある。一方で「社宅・寮・グラウンドなどの企業の優良不動産や本社までも処分して借金を返しなさい。株式の持ち合いを解消して株式を売り、借金を返しなさい」と強要し、他方で「不動産や株式を買いたい人には一切融資しない」。特に、ポートフォリオの改善という名の下に建築・不動産業界には優良健全企業であっても、短期のプロジェクト資金以外は一切融資しないという今の金融政策は、全く職業による差別以外のなにものでもなく、「羹に懲りて膾を吹く」の諺がまさにぴったりの金融政策と言わざるを得ない。
 こうした日本企業に対しては「売れ売れ、買うな買うな」の相反した姿勢を取り続ける限り、日本から出ていった資金が米国国債の購入や外資となって還流し、日本の優良資産の買占めに使われ続けることになろう。銀行も生き残りを賭けて、大きくなれば潰されないと合併、合併の大合唱だが、リストラと称する行員数の削減、遊休不動産の売却、株式の放出が行われるに伴い、さらに貸し渋り・貸し剥がしが加速するのは明白であり、不動産業や中小零細企業にとって厳しい日が続きそうである。 中小零細企業が高利で社会問題にまでなっている商工ローンから資金を借りなければならないのは、銀行から借りられないからであって、今回の騒動で商工ローンからも借入ができなくなれば、政府保証の無担保5000万円の返済期限を迎え、倒産する企業が続出する可能性もある。
 貸し渋りを放置し健全企業の投資すら抑制する一方で金融と財政の大盤振舞いで景気回復を図ろうとしているが、既に歳入に占める国債発行比率が過去最高の43%に達した国の財政事情を目の当たりにすれば、2000年を前に21世紀の日本の将来に不安を感じざるを得ない。

ペイオフ解禁を憂慮する
 2001年の4月にスタートするペイオフの解禁も、この時期必要かどうかも疑問だし、決済性預金の保証とか、いろいろなセーフティネット策など考えているようだが、金利ゼロの預金だけは保証し、普通預金や定期性の預金は保証しないというのも、なにをか言わんやである。しかも、金利ゼロと称しながら、実は預金者に口座手数料など実質的にはマイナス金利を強要する一方で、企業の融資に短期プライムレートが適用される企業はほとんどなく、はるかに高い実質金利を押し付けられるのが実情で、それでも借りられる企業はまだ幸いだ。前述の中小零細企業は商工ローンに嫌が上でも頼らざるを得ないのが、今の日本のお粗末な金融システムなのである。

戦後蓄えた国民の資産を守れ
 日本は東西冷戦の間に蓄えた資産は1200兆円にも及ぶ。しかし、ここにきて40年体制と呼ばれる国家総動員体制も制度疲労を起こし、冷戦終結後の世界の激変に乗り遅れた上、度重なる政策ミスにより、今や蓄えた優良資産を外資に安く買い叩かれ、買い占められている。事実、整理ポストに入っても1円以下の株価はないにもかかわらず、長銀の24億株全株が10億円という、日本の貨幣単位にすれば、1株1円以下の価格で、4兆円を超える莫大なお土産も付けて、その後の損失も3年間補てんする保証をして、金融再生委の決断により考えられない低価格で買叩き専門の外資・リップルウッド社に叩き売られ、今また日債銀がその運命を辿ろうとしている。
 こんな馬鹿馬鹿しい政策を早急に改めないと、全ての国民が戦後50年にわたり、額に汗して蓄えてきた優良資産が外資に叩き売られ、その赤字を税金で穴埋めするための国債が乱発されることになる。そして、その行き先にあるのはまぎれもなく、ハイパーインフレである。そして今、ささやかれているデノミネーションがそれを終息させるための伏線である。
 そのような道に進まないためにも、今すぐ不動産の譲渡と取得と保有にかかる税を抜本的に見直し、不動産の流動化と安定を図り現在の政策不況に歯止めをかけなければいけない。
 デフレがスパイラルに進行している今、起こってもいないインフレを恐れて適切な手を打てない金融政策によりその後の反動としてハイパーインフレが起こることこそ回避すべきもので、今こそマスコミは金利相当程度のインフレは当然のもとして受け入れるコンセンサスを求めるとともに21世紀は国民一人ひとりが自らリスクを管理して国家や企業、社会のせいにしないで結果の平等を求める社会と決別し、機会の平等を尊重する社会を造る必要性を説き、やりがいがあり豊かさが実感できる社会造りをして日本が新しい世紀にも世界の経済大国として存在できることを願ってやまない。